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外資系経理マンのページ

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小説(10)

深田は、ある意味でアンテラにおいては、不可侵な存在で、アメリカにとっても、日本の従業員にとっても、どこか目の上のコブのようなところがあり、取り除きたいところなのだが、深田の人脈、ビジネスセンスには一目おかざるをえないところがあった。
 たしかに、アメリカのナスダック上場まで会社をもっていけたのは、深田によるところが多いのは議論のないところだった。アメリカ本社と任月堂幹部との顔つなぎをしたのは深田で、深田が京都本社に行くと、他の業者と違い、別室にとおされるなど特別待遇であった。それはバンミー時代からのコネクションであったのだろう。それはおそらく、任月堂のアメリカ市場戦略と方向性が合致していた。つまり、利害の一致があったということだ。つまり、任月堂も深田の商才を買っていた、言い方をかえれば利用していたわけだ。
 しかし、社員も自分の給与なり待遇が、うまくまわらないとなると話は別だ。いくらビジネスセンスに優れていても、それが自分の食い扶持に直結しないと、ちょっと待て、となる。人間は、まず自分の生活を守らなければならない。深田に声をかけられて入社したにもかかわらず、条件としてあげられた給与に届かないばかりか、まったく業務と関係ないところに、お金を注ぎ込む。そして、今回のような名ばかりの「海外研修」である。
 松田は、紹介会社経由だから、給与年俸については十分に合意があって入社したが、直接、深田から声がかかって入社の場合、書面をかわさなかったこともあったらしい。たしかに契約の文言について。一字一句ものを言うような風体には見えないが、けっこう、そこが狙いであったのではないか、そんな議論が、今日の会議であった。それを聞いて、数字にシビアなアメリカ流ビジネスと純日本的な風体のあいだのギャップを深田は、江頭をとおして楽しんでいたのかもしれない、と松田は思った。
「じゃあ、深田がロンドンから帰る来週金曜日に団交を申し入れます。それで色好い返事がなかった場合は、アメリカ本社に告発をします。みなさん、いいですか?」
 いまでこそ、ホイッスルブロウワーなど、会社内の不正の告発について、制度的な側面で整備が進んできているが、当時としてはなんらそんなものはなく、一途に会社を思えばこその告発であった。
「書記の赤城に今日の議事をまとめてもらいます。おっ、赤城したの事務所でコピー13部とってきてくれ、」
「それから、松田さん、会計をやってもらえますか?赤城ひとりでは書記と大変なんでね」

 内心、入社してすぐに泥をかけるような所業はしたくないという思いがあるのも事実だったが、社員のおかれた状況の難しさも理解出来た。会計と言う裏をささえる仕事でもあり、そこは快諾した。
 会社の事務所内では、病的にみえる安藤が、いきいきとみえたのが不思議であった。


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